小説の墓場

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「ゆいレール」は続くよどこまでも ㉔

 

私は生まれ育った栃木の高校を卒業して、すぐ就職した。

 

憧れの東京。

伊勢丹の惣菜売り場が職場だった。

田舎者だった私は朝から晩までよく働いた。

稼いだお金はすべて「あか抜ける」ために使った。

ボディコン(*1)に身を包み、

カンツォーネが流れるレストランで「イタめし(*2)」を食べ、

ワンレン(*3)の髪をかき上げて、

たまに派手な扇子と腰を振ってみたりもした。

 

そして金を持っていそうな男を漁った。

それなりにモテたし、選り好みもできた。

そしてパチンと泡がはじけるかのごとくひとつの時代が終わった。

出遅れた、なんて思ってはいなかった。

コンパにも行ったし、それなりの出会いもあった。

 

そんなこんなの悪戦苦闘でようやく十五年後、

二十六歳の大手企業に勤める将来有望な男を

「自称二十五歳」

「横浜出身」

伊勢丹のファッションフロアーでバックを販売している」

私が釣り上げたのだ。

「本当は三十三歳」

「栃木出身」

伊勢丹の惣菜売り場のチーフでそろそろ結婚をあせっていて若作りの私」

ではない、そのもうひとりの私が。

 

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ばれた。

しかもゴール直前で。

 

 

結婚式の式場も決まり、

伊勢丹にも「寿退社」の届けも終え、

あとはその日を待つだけだった。

 

油断していた。

 

その日も、いつものようにお酒に酔ったフリをして彼の家に計算通りに連れ込まれ、

予定通りに少し恥らう演技ありで白いシーツに包まれ、

細かな年齢の表れが見えないよう電気を消して、

ちょっとおおげさに、

かぼそい途切れた声なんかだしたりして、

少し気だるい休日の朝を迎えたはずだったのに。

 

ここ三日間の大繁盛だった「産地直送さばの味噌煮フェア」の疲れが一気に出て、

すっかり熟睡してしまっていた。

最後の一仕事と張り切りすぎたのだ。

 

覆水盆に帰らず。

後の祭り。

後悔先に立たず。

 

 

その朝、ベッドの横の小さなテーブルの上にあったのは、

父が「東京に行っても、車の免許さえあれば仕事に困らねぇぺ」と

高校卒業後に取らしてくれた、本籍地、生年月日まで

ご丁寧に記されている運転免許証だった。

 

「姉のものなの」

「私のじゃないの、拾ったの」

「ミスプリントなの」

「偽物なの、ほらあの『なめ猫(*4)』みたいな」

なめ猫なんて知らないよね……」 

 

墓穴はさらに深みを増した。

 

最後に出た一言は「いいじゃん。歳ぐらい」

 

なにもかもばれた。

彼にも彼の周りの人達にも私の周りの人達にも、

で、とりあえず「ドロン」した。