小説の墓場

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「ゆいレール」は続くよどこまでも ⑭

メジャーリーグやハリウッド映画が大好きで

五度にもわたる入社試験や面接をパスして入ることができた衛星放送の会社。

大好きなそれらには直接は触れることはなかったが、

営業マンとしてまずまずの充実感はあった。

 

とにかくこれといって「得意なもの」や「優れている能力」もないので

「真面目さ」だけで仕事をこなしていた。

 

大きな波風も立たぬまま入社して三年が経とうとしていた。

大学生の頃から付き合っている彼女との会話にも

「結婚」という言葉がかすかに出始めた頃の寒い寒いバレンタインデーの朝、

僕は部長に呼ばれた。

 

それは二十五才の僕には早すぎる「肩たたき」だった。

 

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八時半には会社に着く。

会社といっても小さな事務所だ。

鍵を開けてタイムカードをレコーダーに差す。

指先まで汗ばんでいる。

沖縄の殺人的な日差しを遮るため黒いフィルムが

これみよがしに張られている窓を開ける。

そして開けたと同時に閉める、やはりこのむせかえる熱気は沖縄なのである。

 

クーラーを全開にする、通勤だけでびしょびしょになった

汗まみれのかりゆしシャツがますます僕に沖縄にいることを実感させる。

 

昨夜に買っておいた「なかよしパン」をほおばりながら九時からの仕事は始まる。

 

仕事内容は主に電話を盗み聞きすること。

 

南国の楽園の島で僕は何をやっているのだろう。

 

「まぁいちおう、出世みたいなもんだ」と部長が言う。

 

「主任だ」と。

 

「沖縄のコールセンターだ」と。

 

「四月いっぴからだ」と。

 

「家賃や光熱費も会社持ちだぞ」と。

 

「ちょっと行ってこい、また本社に戻れるから」って。

 

僕は本社を離れて帰ってきた人は見たことも聞いたこともない。

その夜、ゴディバのチョコを貰ったお返しに沖縄行きの話をした。 

 

彼女は「あったかそうね」と言った。

 

その言葉で僕は一人で沖縄に行くことになるのだろうと悟るように理解した。

 

 

三月最後のまだ肌寒い日曜日の羽田空港に彼女や友人や同僚が見送りに来てくれた。

彼女がもしかして

 

「やっぱり私もついていく」

 

なんてことに一縷の希望を残して。

 

けれど予想通りだった。

 

おおよそ左遷されて出世街道から大きくはずれた僕は

結婚対象からも大きくはずれてしまったのだ。

 

「夏には遊びに行くからな」とか

「いいなー、毎日がバカンスだね」とか

 

好き勝手なことをいいやがる。

 

僕は働きに行くのだ。

 

笑顔で

「水中めがねと浮き輪を持って那覇空港で待っているよ」

って言ってみた。