小説の墓場

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「ゆいレール」は続くよどこまでも ⑪

ここは大きな施設なのだが社員食堂がない。

 

更衣室の隣に広い休憩室があるだけでスタッフはここで食事や休憩をとる。

別に休憩時間内なら外に出て食事してもかまわないのだが

基本給しか稼げない私はもちろん家で作って持ってくる。

 

更衣室で濡れてやたらと重くなったブラウスを着替え、

通勤用にと「ぜいたく」したお気に入りの「COACH」のバッグを開けた。

 

「またやっちゃった」

 

昼食用に作ったおにぎりを持ってくるのを忘れていた。

 

しばし自己嫌悪気分を味わい、困った時の通称「鈴木商店」へ向かう。

鈴木商店」とは休憩室の一角に段ボールが置いてあり、

そこにカップラーメンやスナック菓子などがたくさん入っていて、

傍らに貯金箱があり一〇〇円入れてひとつ持っていくシステムだ。

鈴木商店」の歴史は長く、スタッフのほとんどが知っている老舗である。

カルティエの販売女王の鈴木さんが

数多くいるスタッフのために好意でやってくれている。

当の鈴木さんの昼食は販売女王らしくリッチに外食に出られるらしい。

 

私はその段ボールの中からカップ麺をひとつ取り百円玉を貯金箱にいれた。

一応お金を入れずに勝手に持っていくような人はいないみたい。

 

とんこつ味のカップ麺をすすりながら「ここは私に向いていないかな?」と考えた。

 

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入社して三年、基本給以外は稼いだこともなく、

出来高を稼いで、いまだに行けていない新婚旅行、

夢の東京ディズニーランドを目標に頑張ってやってきたのだが、

あのネズミちゃんはまだ私に会いたくないみたい。

 

このところ食欲もなかった。

それでいて体重のほうはすっかりリバウンドして、また70キロ近くなんだけど……。

 

M字のマネージャーや顔見知りのスタッフ達がなにやら話し込んでいる。

いわゆるランチミーティングってやつなのだろう。

三年も働いているし、

ちょっとぽっちゃり体型でいじられやすいキャラの私はスタッフの知り合いも多い。

 

みんながしたり顔で心配してくれる。

 

次のレッドカードはあなたなのだろうと。

 

レッドカードで、「ちゅらかーぎー」と呼ばれていた美人スタッフがクビになった。

東京の伊勢丹デパートでバックの最多販売記録を持つという人もクビになった。

まぁ、この戦場は美人や販売技術だけでは生き残れないってこと。

 

要するに「売れるのか、売れないのか」だけなのだ。

 

ましてや美人でもなく、販売技術もなく、実績もない私なんて……。

 

月末の給料日に明細と共に販売成績表が渡される。

三ヶ月連続で販売ノルマぎりぎりでレッドカードは逃れてきた。

しかし今月は無理みたい。

残りはあと数日というのに、まだノルマの半分しか売れていない。

 

人気のシャネルやグッチやヴィトンやカルティエ

プラダやコーチやティファニーやブルガリやフェラガモならともかく、

私が配属されている、ひと昔前までは人気があったけど、

今はもう旬ではないこのブランドではノルマをこなすのさえも難しい。