小説の墓場

「ゆいレール」は続くよどこまでも ④

 

はたして夏の終わりはいつなのか? 

 

沖縄に暮らすとその境目がわからない。

 

例えば、木々がほんのり赤く色付き始めるとか、

かるく羽織るものを手にする人を見かけるだとか、

スーパーに松茸が並ぶだとか、

秋刀魚が無性に食べたくなるだとか、

無性に人恋しくなるだとか、

いわゆる前触れというか、気配みたいなものが見つからない。

 

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だから突然その日はやってきた。

 

「俳優になるため東京に行く」と「アイツ」は私の前から消えた。

 

そう、夏とともに消えたのだ。そう、なんにも残さずに。

 

九月の私の誕生日にはジャッキー(*18)でテンダーロイン食べて、

ジミー(*19)でケーキを買うだとか、

クリプレ(*20)にはすでに目をつけておいた、

折れそうに細いピンキーリング(*21)を買ってもらうだとか、

次のお正月には私の実家にも来てもらうだとか、

来年の秋には茄子を食べさせてもらえなくなる(*22)かも? 

だとかの希望に満ち溢れた未来への思いも、

なんにもなーんにも残さずに。

 

あの日がたぶん夏の終わりだったと思う。

 

「そんな毛むくじゃらな俳優はいらんやろ、なぁ」

と唯一この部屋に残ってくれたヤモリにそっとつぶやいた。

 

「すんません。す・ん・ま・せ・ん、速水さん、は・や・み・ま・や・さーん」

その私の名を呼ぶ大阪弁は目の前から聞こえた。

 

私の胸に付けているネームプレートを見ながら、

金髪坊主頭の青年は「日光荘って、どっからいったらええの?」と聞く。

七割方眠っていた私はふっと我に返り、今日の最初のお客様の質問に答えようとした。

 

「安い宿らしいねんけど、どうやって行ったらええの?」と金髪坊主頭は聞く。

 

なつかしい大阪弁を聞きながら

ゆいレールに乗って、牧志駅で降りてください。

そして国際通りを下がって右手のほうに……」

と案内したが「降りてください」が

大阪弁丸出しのイントネーション(*23)になってしまい、

金髪坊主頭は「あれ? もしかして速水さんも大阪出身なん?」と

余計な質問までしてきたので、いつもの「愛想笑い」でかわしておいた。

 

大阪に帰ろうとは思わなかった。

 

骨を埋める覚悟と大見得切って来た以上、帰るところもさげるツラもない。

 

もちろん沖縄は好きだったし、

海も自然も街も人も「アイツ」がいなくなった沖縄もそれとなく楽しかった。

 

うん、楽しくしていた。

 

休日には職場の仲間と遠くの海に行った。

 

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沖縄そばの隠れた名店(*24)めぐりもした。

 

数ある花火大会(*25)も全部見た。

 

美ら海水族館(*26)に「じんべいざめ」を見に行った。

 

八重岳に日本一早く咲く桜(*27)を見に行った。

 

オリオンビールの工場見学(*28)も行った。

 

山原(*29)に蛍を見に行った。

 

伊豆味(*30)でタンカン狩りもした。

 

カヌチャ(*31)のクリスマスイルミネーションも見た。

 

辺戸岬(*32)で初日の出も見た。

 

ビーチパーティー(*33)にはよく顔を出した。

 

 

そう、毎日が充実していた。いや充実させていたんだ。