小説の墓場

「ゆいレール」は続くよどこまでも ③

 

私の仕事場は那覇空港のインフォメーションカウンター、すなわち空港案内係。

今日のシフトは一階の到着ロビーのカウンター。

主な仕事内容はトイレの案内やバスやタクシーやレンタカーなどへの乗り継ぎ案内のようなものばかり。

朝の九時からカウンターに座ってはいるものの午前中に到着する便は少なく、午後からのツアー客が来るまでは取り立ててする仕事もない。

 

時間はゆるやかに流れる。

 

私は沖縄に馴染んでいた。

嫌というほど馴染んでいた、抗うこともなく。

 

そして、いつから沖縄を嫌いになっていたのだろう……。

 

私が沖縄に移住してきたのは今から六年前。

短大時代に女友達三人で夏休みの沖縄旅行(*5)に来たのがすべての始まりだった。

 

迂闊にもそこで恋におちたのだ。

 

夏の沖縄の強烈な日差しが、私の脳を確実に軟化(*6)させていたのだ。

確かにあの夏、「アイツ」はまぶしかったのだ。

 

そして、あの夏、私は迂闊だったのだ。

 

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「アイツ」は私たちが訪れた海でライフガードをしていた。

 

日頃から大阪弁しか聞かない私には沖縄の方言が優しく感じられ、

日に焼けたかなり毛深い腕に強さやたくましさを感じた。

 

恋は人を盲目にするという、私も御多分に洩れなかった。

 

地元大阪での就職活動は一切せずに沖縄での就職先を探した。

運良く那覇空港での就職が決まり、両親の反対も押し切って沖縄に来た。

 

期待と不安の那覇空港

変わった名前の不動産屋のお兄さんの案内で、

「アイツ」の実家近くの首里(*7)にアパートを借り、

「アイツ」を驚かせた。

やがて「アイツ」は案の定、転がり込んで来て、

そしてふたりの生活が始まった。

 

すべてが新鮮だった。

やたらと蒸暑い梅雨も、

焦げるような真夏の日差しも、

週に一度の台風襲来も、

道を横切るかぶと虫サイズのゴキブリ(*8)も、

そして愛の巣の天井にへばり付き「ケッケッケッケッ」と鳴くヤモリ(*9)も。

 

「アイツ」が友人から譲り受けたというオンボロ原付バイクで

首里から空港までフルスロットル。

排気ガスに混じる海からの潮風を受けながら時速三十キロ弱で飛ばす。

 

仕事帰りに立ち寄る市場で五本で百円の「ゴーヤ(*10)」を買って、

家の近くのスーパーで「ポークランチョンミート(*11)」の専用のコーナーに驚き、ビニール袋に入れて売っている出来立ての生ぬるい「島豆腐(*12)」で

慣れない「ゴーヤチャンプルー(*13)」を作る。

玄関に並ぶ黄色と赤の「島ぞうり(*14)」と

あまり冷えない冷蔵庫に詰まる「オリオンビール(*15)」と

一升瓶の「泡盛(*16)」に沖縄を感じた。

 

夢にまで見た生活、そう、何ひとつ違わない。

 

ただ「アイツ」は違った。とにかく働かないのだ。

 

「沖縄の男は働かないさぁ」と社員食堂のオバァに聞いたが、

たしかに事あるごとに実家に帰り、実家で食事を済ませ、

実家でお小遣いをもらって帰ってくる。

 

「アイツ」の両親も二十四歳にもなった息子を完全に甘やかしていた。

沖縄は親との同居率が高く、まして一人息子ともなると過剰な愛情が注がれる。

 

「アイツ」にせめてライフガードバイトでも、と勧めてみたが

「だからよー(*17)」とのこと。

 

だからよー?

 

これから先の私たちの将来のことを問いただしても、

なんとかなるみたいなことをいってごまかし続けた。

 

なんとかなる、って。

 

そんな生活が半年も過ぎた熱帯夜明けの朝、

寝汗でぐっしょりと肌にまとわりつくTシャツを着替え、

幸せそうに眠る「アイツ」を見ながらふと思った、

やっぱ迂闊だったかな、と。

 

「アイツ」との幸せな生活を夢見てこんな南の島まで来たのに……。

 

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